Martintonの日々

☆48年目を迎え、東芝スタジオの事等を少し、思い起こして見る事に。
無くなった事を、確かめに行った訳ではないので、今でもあの場所に存在してる気がしています。

その昔、溜池の交差点近く。東芝レコード本社ビルの後ろ。道を挟んだ所に、東芝の第一スタジオがありました。

八年間通った所なので、記憶が重なり渾然一体。
当時から、ろくに見えていない拙い視界世界。
見違い間違い勘違いはは多々あるとは思いますが、ランダムに、幾つかを拾ってみる事に。

第一スタジオで長年、レコード制作に携わってた方々を差し置いての、知らな過ぎ者の無礼を、お許しください。

本社ビルの裏の道を渡った辺り。道側建物の1階部分を、短くくぐり抜け、2・3段の階段を下ると駐車スペースがあり、その右側にスタジオロビーがありました。
ロビー正面は全面ガラス張りで中が丸見えなので、関係者以外は簡単に入れない空間でした。
ファンの人達を駐車スペースの柱の陰に見掛けた事が、幾度かありました。

ロビーの右入口を入ると受付カウンターがあり、帽子被った守衛のおじさんが居た、かも?
その左、少し先の鉢植えが入った間仕切りの奥に、丸テーブルが二・三個、その奥に長方形テーブルが幾つか並んでいたと思います。
椅子やソファーには、ミーティングなスタッフや、休憩を取るメンバーや、キャラクター濃い日替わりなお客さん達の、業界面白話で、ロビーカラーは多彩だった印象です。

さて、ロビー右奥端がスタジオ入口。
分厚い金属の扉があり、目線上に丸窓が付いていました。
扉を開けるとすぐ左がコントロールルーム(他の呼び方をしてたかも)への扉があり。そのまま前に六・七歩進むと、メインフロアーへの扉がありました。

このコントロールルームとメインフロアーに接する空間は、両扉を閉めると防音室にもなるので、練習台を出して、待ち時間潰しによく使っていました。
また、このスペースの硬い床を利用した録音記憶も。アルバム僕がつくった愛のうた、“アンクル・スパゲティー”の後奏から入って最後単独となり、走れムーン号直前で止まる、タップダンス擬き音。
椅子に座り足元に集中する、姫野の姿を思い出します。

そして、メインフロアーの扉を開くと、高〜い天井のだだっ広い大きなスタジオが、左一面に姿を現します。

平米は分かりませんが。
僕らより前の時代。歌と演奏を同時に録音してた時代の名残で。大オーケストラと、それをバックに唄うシンガーと、指揮者が立っても、ゆとりある広大さ♪
ここのど真ん中にマイクを立てて、グループコーラス(心の旅等色々)を録りました。
あのファンクラブ用フォノシートの、メンバーの喋りも確かこの辺り。
マイクを囲む形で5人が椅子に座り♪

−−−つづく−(虎の子左目が、霞んで来たので)

で、毎日ツイートはしてます。ブログ代わりに。覗いてね♪


まさとし
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