Martintonの日々

恩師からの手紙☆
長い時を隔てての先生との再会は2002年、ミュージカル‘魔法の黄色い靴’の公演で福岡市民会館を訪れた時の事でした。
終演後楽屋口に僕を訪ねて来られたお姿は矍鑠とされ、お変わりなく優しくも気丈な様は、僕が小学校当時を思い出すに充分でした。
有り難くもまさかな事に、これまでもチューリップの福岡公演には幾度か足を運ばれて頂いてたそうです。

それに僕が幸運にも制作を依頼され形となった博多小学校校歌『奇跡の扉』の存在を既に御存知で、県の校長会等で、御列席の校長先生達を前に「歌詞の素晴らしさを解き(先生のお言葉です。)聴いてもらった。」、とのご報告を頂き、五十年を経ての再会も急激な暖かみを胸に帯びて行きました。
その後幾たびか福岡公演でお会い出来ましたが、ある時、健康上のご都合で、「君のステージを観るのはこれが最後です!」と宣言されてからは、年始のハガキの行き来だけとなっていました。

先生との出会いは昭和32年御供所小学校入学時、僕の担任の先生でした。
一般の学校での授業生活に不向きな僕の眼力や、虚弱な身体や、痩せた自信を心配され、いろいろご苦労をおかけしたものです。
思い起こせば新入生歓迎遠足の時、本当は五年生が手を引いて行くのが慣わしの行き帰り道。先生自ら僕の手を取り、意味を成さない危険から守って頂いたのを覚えています。
喘息で長期間学校を休んだ時は、連日居残りで1人授業をやって頂き、遅れてた勉強領域を満たしてもらえました。
おかげで、テストでは各教科が、思いの外の高い点数を取る事が出来たりと、僕の微かながらも生きて行く為に不可欠な、内なる自信の炎を灯して頂いた事にもなる訳で、尽きぬご恩を感じる次第です。

今回の手紙を頂く前に、一通の暑中見舞いのハガキが先生から届きました。
添えられてた文面の内容からおそらく、恒例の僕の山笠ライヴのプロモーションの為出演した数本のラジオのどれかを偶然耳にされての事だと思い、毎年懲りずに出させて頂いている局関係の方々に何だか、改めてお礼を申し上げたい心境にもなりました。
返事のお手紙を書く際、博多小創立十周年の記念式典の為に新たに創作した、博多小学校第2の校歌‘街を渡る汐風’‘奇跡の扉’のCDと‘百年山笠’‘そうたい’のCDをお送りする事を付け加えました。

そしてディスク郵送直後に、先生から送られて来たのがこの手紙です☆

入学当時から、将来を案じてた生徒の、一人立ち出来た喜びを、御自分の幸せのように宝物のように例えられ、殊の他評価して頂いた僕の作品に対し、身に余る有り難い言葉の数々が綴られていました。
こみ上げる思いで先生の文章を幾度も読み返し、手紙の持つ心を伝え得る力、存在意味を、遅蒔きながらこの歳で今更知る事となりました。
頂いた数日間はバッグの中のポケット部にしまい込み、お守りのように持ち歩いたものでした。

勿論今では、いつも目の届く場所に、大切に保管しています☆

長いスパンでの恩師との交流を与えてくれた運命に、感謝したい。


まさとし
2010_9月 : comments (1) : trackback (x)
コメント
素敵なお話ありがとうございます。
じーーんとして思わず涙ぐんでしまいました。

素晴らしい先生との出会いがあったのですね。
上田さんのこと、きっと教壇の上でも生徒さんたちにお話されて
いたのでは・・(^^)?「自慢の教え子だ!」と。
Mika : URL : : 01/Dec.2014 [Mon] 2:02 : 18z6nKnY
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